新鮮だけが真ではない

コーヒー豆は鮮度が大切、といった話と正反対の要素に触れてみましょう。焙煎直後の新鮮な豆は、香りが爆発的です。ところが何日間か寝かせると、えもいわれぬ旨さに変化する絶妙なピークがあるのです。これをエイジング、もしくは熟成と呼ぶ人が多く、微生物による成分変化ではないもののイメージを伝えるにはうってつけな表現です。

門脇洋之さんはたしか、準優勝した2005年のWBC大会に焙煎後23日目のブレンドで臨んだと思います。今年7月に直接お話をうかがったときは、今のブレンドは10日目が最も美味しいと言っていました。もちろん冷暗所に密閉保存するなど、管理に気を配っての日数であって放置していたわけではありません。
生豆は焙煎直後から、多量の炭酸ガスを発生しています。これまた単なる憶測ですが、豆が新鮮なほど繊維の中の炭酸ガスがカップに溶け出し、飲料水よりも硬度を上げるのではないでしょうか。実際に焙煎直後の豆で抽出したコーヒーは、口に含むと刺々しいというか硬い印象があります。ところが日数が経つにつれ、硬さが消えてまろやかになっていくのです。香り、酸味、苦味、甘み、コクをグラフに描いた場合、鋭角の直線から丸みを帯びていくような印象で、これらの香味の要素を絶妙に重ね合わせて美味しくなります。ことにエスプレッソのように誤差の範囲が狭い抽出方法だと、印象は強調されるようです。ひとたび抽出に成功すれば、言葉を失うほどの旨さです。抽出のプロたちが語っているのですから、数日寝かせると旨いのは間違いないでしょう。寝かせる条件と日数は、好みを探っていくしかありません。トライする価値は十分あります。