ミナスジェライス州の豆

2006年の冬、ウィーンのホーフブルク宮殿にほど近いティーカフェ「Heissenberger」に、やっと入ることができました。気になっていながら夕方には早々と店を締めてしまうため、意地でも行くぞと決めていたのです。ソロを頼んでみると、期待どおりの旨さでした。チェーン系っぽいフレーバーが鼻につかない、適度にフレッシュで適度に寝かせた飲みやすいエスプレッソです。おそらくロブスタは混ぜていない、パンチは欠けるけどウィーンにぴったりな上品さです。もう1杯を飲み終わり、空のカップを指して何かお勧めの豆はありませんか?と尋ねました。おじさんは笑いながらエスプレッソが好きなんだねと言い、ブラジルはどう?とても美味しいよと推してきました。え、ブラジル?陳腐なんじゃないのと思いつつ試してみてびっくり! ナッツとキャラメルとチョコレートを合わせたような、ボディのある甘みたっぷりのエスプレッソでした。ブレンドじゃなくて、本当に単品なのか確認しても、にっこりドヤ顔でうなずきます。その頃は品種や産地に関心がなかったので聞きませんでしたが、今になってミナスジェライス産の豆だったのではないかと想像しています。

2010年SCAJのイベントでのこと。ダテーラ農園ブースで試飲したエスプレッソで、この1杯を思い出しました。ちなみにリザーブを使っていて、京都の小川珈琲にローストを依頼したのだそうです。特徴がよく似ていて、とても単品と思えないバランスのよさなのです。ちょうどショコラにハマっていて、ブラジルの奥深さに驚いていた頃だったのでブースの人にその旨を伝え、趣味で手網焙煎しています、どこに行ったら同じ生豆を買えますか?と尋ねました。そう聞かれても、商社である兼松は小売店事情には詳しくないのでしょうか。担当者の人は同じ豆ではないけど十分美味しいですよと、スイートイエローを500gほど袋に詰めて渡してくれました。収穫したばかりじゃないかと思うほど鮮やかな緑色で、粒揃いの、それはきれいな豆です。しかも生豆特有の誇りっぽい青臭さがまったくないのです。その夜ダテーラ農園のサイトを調べ、どれだけ高品質なのかを知りました。
カップの安定性と味作りのため、黄色い実のなるブルボンアマレロやイエローカトゥアイなど複数の品種をブレンドしてあるそうです。まず感じるのはトロピカルフルーツを思わせる甘酸っぱさ、キャラメルとナッツを合わせたような香ばしい甘み、いわゆるサントスには見られない豊かなボディ、華やかな陽気さです。まるで果物や花を摘んだ大きなカゴを、ボニータが抱えて笑っているようなイメージ。

ミナスジェライス州の面積は日本の1.5倍以上あり、イメージとしては日本全土に本州を足してしまうぐらいの広さです。ワインのテロワールではありませんが、同じ農園でもどこで育ったかでコーヒーチェリーは変わります。それらを把握して、プロがブレンドするのですから最強です。コーヒーの繊細さを考えると、特にブラジルにおいてはシングルオリジンのカテゴリには収まらない気がしてなりません。
ミナスジェライス州は「サッカーの王様」ペレの出身地でもあり、ペレの笑顔は甘みたっぷりのコーヒーを象徴しているように思えます。ショコラもミナスジェライス州ですし、ここで扱ったエスプレッソレディやカルモデミナスIP農園も同じ州で獲れた豆です。たまらなく魅力的な土地であります。赤や黄色のコーヒーチェリーがたわわに実る農園に、一度でいいから行ってみたい!