伏木亨著「コクと旨味の秘密」

この本の面白みは、難解な化学や科学を、身近な日常あるあるでナットクさせてくれるところです。コクを構成する脂、糖分、ミネラル、アミノ酸、たんぱく質などや、βエンドルフィン、ドーパミン、セロトニンといった神経伝達物質を、日々の食事から見事に浮かび上がらせています。共通体験だけに説得力があり、わかった感満載、ラクトンの登場もコーヒー好きを惹きつけます。

コクを明らかにする試みとして、三層構造に分ける考え方を披露しています。第一層は、コクとは何ぞやを明快に納得させてくれる部分です。中核となるコク本体は動物の生存に関わる重要な栄養素のため、コクを好む(選ぶ、執着する)ように本能として刷り込まれているのだそうです。そのため、ネズミを始めとする多くの動物で、ほぼ同じ実験結果が得られるようです。さらに面白いのはここから先でしょうか。
第二層は、単独ではコクの中核ではないが、コクを増強したり修飾する「食感、香り、風味」とあります。これは味覚以外の感覚や想像力を駆使し、コクにつながる手がかりを探す技術で、学習と連想とで得られるものなんですって。
第三層は、人間にしか見られないストイックに追求するコクです。明快すぎる濃厚なコクでは飽き足らず、そこはかとない微かなコクにこそ美学があり、快楽があるといった勢いの、精神性を重視する領域なのです。何だか吹いてしまいそうに可笑しいと同時に、いやいやこれはコーヒーのコク、というより第二層に続くコーヒーそのものを指す領域では??と思ってしまいました。

この本を読むと、飲料としてのコーヒーに第一層のコクの成分を主張するのは難しそうです。自分が感じていたコーヒーのコクなんかデタラメだったんじゃないかと思うほど、コクの中核は明快だからです。ところが第二第三の層ともなると、俄然コーヒーのコクは信憑性を放ちます。SCAEの提示したGold Cupプログラムは、理想的な美味しいコーヒーの抽出を明らかにしていますが、驚くほど希釈された液体であることが分かります。混沌とも言っていいほど多種多様な成分が、ごく微量にしか溶け出ていない薄められた飲料です。にもかかわらずコーヒーは、香りや苦味はもちろん、酸味、甘味、コク、さらには花や果物などの様々なキャラクタ、口に含んだ質感、余韻まで見出せるのです。もはや検知ギリギリというか超えているというか、情緒的な表現さえあります。これって「コクと旨味の秘密」が仮説を立てている、第二層三層そのものではありませんか。

おっさんとして嬉しかったのは、老化による脳機能の低下や味蕾の減少は事実ではあるものの、生理的な欠陥にはつながらない、積み重ねてきた多くの経験が第三層を発達させる、といった趣旨でした。生物学的な見地からすれば味覚のピークとされる若い頃は細胞の半分も使っておらず、大半はスペアにしか過ぎないのだそうです。自分に都合よく解釈すれば、歳をとるほどコーヒーのような繊細な飲料に理解を見出せるようになる、ということでしょうか。これはめでたい、楽しみが増えた!

「そもそもコクとは何ぞや」という疑問から激しく脱線しましたが、い~んです。コクのあるコーヒーには、間違いなく「コク」は存在しています。おまけにコクの本質は、コーヒーという魅力的かつ奇跡的な飲料の謎に直結していることも発見できたのですから。